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「華麗なる誤読」恐れずに“誤読”するということ

― 吉永紀子さんの「華麗なる誤読」から考えた教育 ―

伊那小学校の公開研究会で、いい言葉い出会いました。

「華麗なる誤読」

この言葉を語られていたのは、

同志社女子大学 現代社会学部 現代こども学科の

吉永紀子さんです。


教育は、仮説の連続。

この子は、なぜ今その行動をしているのだろう。

何を感じているのだろう。

どんな世界を見ているのだろう。

私たちは、子どもの内面を直接知ることはできません。

だからこそ、想像する。

「きっとこう思ったんじゃないか」

「だから今こうしているんじゃないか」

そうやって仮説を立てる。

けれど、それは間違っているかもしれない。


不安もあります。

違ったらどうしよう。

勘違いだったらどうしよう。

傷つけたらどうしよう。

そうすると動けなくなることもあります。

でも、「その“誤読”こそが華麗なのだ。」

恐れずに読むこと。

恐れずに仮説を立てること。

そして、その仮説をもとに、働きかけること。

その姿勢そのものに意味があるのだと。

そんなメッセージを吉永さんから受け取りました。(これも華麗なる誤読かもしれません笑)


この子は今、放っておいてほしいのかもしれない。

それとも背中を押してほしいのかもしれない。

その読みは、外れることもある。

でも、その読みだ大事。


私は3歳の娘を育てています。

正直、どれだけ“華麗に誤読”できているか分かりません。

気持ちを考えずに、つい時間に追われてしまうこともあります。

「華麗なる誤読」この姿勢は、教師としても、親としても、

大切にしたいと思いました。

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